自転車散行 -はけの道㉕「加藤さんの坂」-
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*東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + XF35mmF1.4R (2013.10.26/10.30撮影)

「稲荷坂」坂下を南東に向かってさらに150mほど進むと左側に小広場があり、その先に細い階段坂が見えます。『続 小金井風土記』ではこの坂を「加藤さんの坂」と呼んでその名の由来を次のように記しています。

大正末期のころ坂道の途中に加藤某という哲学者が住んでいた。近隣の若者は農作業をすませて夜、この加藤さん宅へ勉学に通ったものだがそれまで名なしだったのか、誰いうとなくこの名になった。今はコンクリート製で階段と手すりがあり、幅は二㍍ほどだ。

ここに記述された坂の姿は、現在までほとんどそのまま受け継がれてきたものと思われます。自転車道をはさんで両側に作られた階段を50段登ると道は右に折れ、さらに30段の登りを重ねて坂上に出ます。

この坂の東側は最近のこととおぼしい造成の手が加わり、4・5枚目の画像に見るような休憩所を兼ねた金属性の階段が新しい姿を見せています。通行の安全と野川両岸の場景の展望という利便を図ったものでしょうが、その陰にひそやかに残る坂の姿に心惹かれる身にとっては、このような開発に対する苦々しい思いを禁じ得ません。

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10/30のツイートまとめ
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今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。雨上がりの週初の良い一日を! #kigo
10-30 07:12

【今日の季語1402】海螺打(ばいうち):「海螺廻し」の傍題の一つ。「海螺」は巻き貝の一種でその殻に溶かした鉛などを流し込んで作られた遊具がベーゴマと呼ばれる独楽の原形。◆海螺打や灯ともり給ふ観世音(水原秋櫻子) #jhaiku #kigo
10-30 05:00

とびぃ
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自転車散行 -はけの道㉔「稲荷坂」-
DSCF9820a.jpg *東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + XF35mmF1.4R (2013.10.29撮影)

「ムジナ坂」の上り口からはけの道をさらに南東に進むと、野川両岸に拡がる武蔵野公園が右手に見えてきます。300mほど進んだあたりから道幅が拡がって丁字路となり、左側に北へ向かう上り坂が現れます。道は途中で逆「く」の字に折れた後、坂上の連雀通りと接続します。坂口に立つ道路標識には斜度が13%と示されています。

ここには坂名を示す標識はありませんが、『続 小金井風土記』の「小金井の坂①」の項では「いなり坂」の呼び名で次のように記述しています。

野川子供スポーツ広場へ通ずる坂で、両側面をコンクリートで固めた切り通し。幅は六㍍くらいあり舗装。昔は急坂だったが掘り下げられたため、現在は車も通行出来、かつての面影はない。坂の中腹に稲荷社があったのがこの名の由来で前項の坂より二百㍍くらい西にある。

これによれば、坂名の由来と併せて、この坂が人工的に開かれた勾配の急な切り通しであったこと、またそれが後年掘り下げられて傾斜が緩くなったことが知られます。また「両側面をコンクリートで固めた」とあるのに対して、現在の坂の西側は見通しがよくなっているところから、画像に見える公園を造成する際に大幅な改修が加えられて、切り通しの面影がほぼ消滅してしまったことがうかがわれます。

ちなみに「東京の坂」サイト所載「小金井市/稲荷坂」のページによれば「小金井市の歴史散歩」(小金井教育委員会)ではこの社の名を「花崎稲荷」としているとのことです。また、「坂道散歩」サイト所載「小金井市の坂-2-」のページには2006年頃に撮影された旧態を留める坂の画像が掲載されているのでこれを転載させて頂き、同じ場所で撮影した画像と併せて掲げおきます。

【改修前】
稲荷坂旧態

【現状】
稲荷坂現状


坂をほぼ登り終えた地点の東側には最後の画像に見るような案内板が立っています。無慮数万年前にさかのぼる先土器時代からここに人が住んでいたことを示すもので、この付近の武蔵野段丘が生活に適した環境を備えていたことを物語っています。ここに記されている「栗山」という地名にもそのことを思わせる趣が感じられます。

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10/28のツイートまとめ
twryossy

【今日の季語1401】白露(しらつゆ):「露」の傍題の一つ。大気中の水分が気温の低下のために結露して形を成したもの。秋にもっとも多く生じるところから三秋の季語とされる。◆白露や死んでゆく日も帯締めて(三橋鷹女) #jhaiku #kigo
10-29 05:00

とびぃ
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自転車散行 -公園暮色-
DSCF9730a.jpg *東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + XF35mmF1.4R (2013.10.23撮影)

しばらく坂シリーズが続いたので、本日は"箸休め"に、このところ毎日のように通っている二つの公園で撮った画像をお目に掛けます。

1枚目の画像は野川公園で撮ったスナップ。公園内には石畳の散歩道が縦横に巡らされていて、サイクルトレーニングには安全で絶好のコースとなっています。そこを iPhoneアプリの Road Bike に表示されるGPS地図を頼りに、一筆書きの要領でくまなく自転車を走らせようと試みているのですが、そううまく事が運ぶはずはありません。それはともあれ、これが結構な運動になります。

2枚目はその帰り道、西に隣接する武蔵野公園で撮ったもの。ご婦人に従う散歩の相手の身にどんなことがあったのかは解りませんが、一時は歩行不能に陥ったものの、飼い主の愛情が実を結んでこうして散歩に出られるまでに回復したことは容易に推察できます。動物もこのような歩行補助器具の利用が可能なことを初めて目にしました。

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twryossy

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。秋冷の日ごとに進み行く週初の良い一日を! #kigo
10-28 06:38

【今日の季語1400】栗(くり):日本各地に自生し採集も容易であるため古くから秋の味覚として好まれてきた。「毬栗(いがぐり)」「落栗」「虚栗(みなしぐり)」などの傍題も多い。◆妻なしや今年栗むくひとりにて(森澄雄) #jhaiku #kigo
10-28 05:00

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自転車散行 -はけの道㉓「ムジナ坂」-
DSCF9784a.jpg *東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + XF35mmF1.4R (2013.10.27撮影)

「はけの坂」の入り口から東に120mほど進むと、左側に階段坂の上り口が現れ、そこに「ムジナ坂」と書かれた坂名標識が立っています。斜度およそ30%、坂上で右に直角に折れる70の階段を上ると道はさらに左に折れ、道幅を拡げて連雀通りに接続します。

標識脇に記された案内文には次のようにあります。

昔、この坂の上に住む農民が、田畑に通った道で、両側は山林の細い道であった。
だれいうとなく、この道をムジナ坂といい、暗くなると化かされるといって、怖がられ遠回りをした。


いつも引用する『続 小金井風土記』にもこれと同趣の記述が見えます。

古くは両側から雑草が生い茂り、人ひとりがやっと通れるくらいの農道で、たびたびムジナに出逢ったことから、この名がついた。

鬱蒼と生い茂った樹木に囲まれた階段は昼なお暗く、人を騙すとされる動物が登場するにふさわしい趣が感じられます。はけの道に通じる坂の中でも屈指の存在と言ってよいでしょう。

なお上の文献には、上記に続き次のようにあります。

坂の西側には、戦後二、三年ほど、作家・大岡昇平が寄寓し『武蔵野夫人』を執筆した冨永三郎さん宅がある。

前回取り上げた「はけの坂」とともに、この近辺が小説とゆかりの深い場所であったことを伝えるものです。

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twryossy

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。久しぶりに晴天を迎える休日の良い一日を! #kigo
10-27 06:59

【今日の季語1399】秋の金魚(あきのきんぎょ):三夏の「金魚」を秋の季語に転じた。夏に涼しさを添える景物として賞翫されたのが顧みられなくなったところに趣を求めたもの。◆ぶつぶつとつぶやく秋の金魚かな(森戸柚斎) #jhaiku #kigo
10-27 05:00

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自転車散行 -はけの道㉒「ハケの坂」-
DSCF9771a.jpg *東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + XF35mmF1.4R (2013.10.26撮影)

前回の「おお坂(中念坂)」下の十字路東にある「はけの森美術館」の前を通ってさらに200mほど進むと北に向かう丁字路があります。すぐに上りが始まり、右から左へ曲がるクランク状の折れを越えると次第に傾斜の緩い直線路となって連雀通りに出ます。勾配はさほど急ではないものの見通しの悪い道なので、上下する車への注意が必要です。

ここにも坂名標識は立てられていませんが、「ハケの坂」の名は、『続 小金井風土記』に「坂の西側の渡辺家は、通称「ハケの家」といい、『武蔵野夫人』のモデルになった家とされる」とあり、それが坂の名に転用されたもののようです(1枚目画像の奥に写っているのがその家です)。そうするとこれはさほど古い由来のある坂名ではなく、本来は無名の坂であったと思われます。

なお坂道サイト「坂ミシュラン」の 「東京郊外編 国分寺崖線(小金井市))」のページではこの坂を「子育て観音の坂」と称していますが、これは坂の途中に祀られた観音像の台座に刻まれた名に基づくもので、像の本体は比較的新しいことから、この坂名も古くからのものではないと見られます。

坂下から東に向かう「はけの道」は、両側に樹木の茂りを増しながらこの後もしばらく続きます。

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10/26のツイートまとめ
twryossy

【今日の季語1398】美術展(びじゅつてん):本題「美術展覧会」の省略形。傍題の「美術の秋」が示ように、秋は「二科展」「日展」を初めとする公募展が毎年各地で催される。◆夫と来てはなればなれに美術展(龍神悠紀子) #jhaiku #kigo
10-26 05:00

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10/25のツイートまとめ
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今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。台風情報に注意して週末の良い一日を! #kigo
10-25 05:33

【今日の季語1397】芒・薄(すすき):秋の七草の一つで「薄原」「薄野」など傍題が多い。深まりゆく秋を感じさせるうら寂びた姿は和歌や俳諧の題材として古くから詠まれてきた。◆折りとりてはらりとおもきすゝきかな(飯田蛇笏) #jhaiku #kigo
10-25 05:00

とびぃ
一般
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自転車散行 -はけの道㉑「おお坂(中念坂)」-
DSCF9758a.jpg *東京・小金井 FUJIFILM X-E1+XF35mmF1.4R (2013.10.24撮影)

「白伝坊の坂」の坂下十字路からさらに180mほど東に進むと、再び信号のない十字路に出ます。そこを左折すると、道はS字形に曲がりながら勾配を増して最後は鋭角状に連雀通りと接続します。十字路から坂上までの距離はおよそ170m。

この坂に坂名標識はありませんが『続 小金井風土記』二八「小金井の坂①」には「中念坂 または おお坂」の呼び名を用いて次のように記述されています。

小金井街道から西南斜面へ、下り切った所でやや東へ曲がる。市立二中へ通じ、明治末期まで下り口に地蔵尊が立ち、ここで念仏講が行われていたらしい。旧地名"中山谷"の念仏講から中念坂の名があると思われる。

これによれば「中念坂」の坂名はかつての念仏講に由来するもののようですが、現在の通称「おお坂」については格別の記載がなく、その由来は明らかでありません。

なお坂を下りかけたすぐ左側に、このシリーズ②で紹介した中村研一画伯の旧邸敷地に入る北門(画像3枚目)があり、内部を見学しながらはけの道に出ることもできます。4枚目以下に掲げたのはその庭園で撮影した画像です。

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10/24のツイートまとめ
twryossy

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。秋冷まさりゆく週央の良い一日を! #kigo
10-24 07:43

【今日の季語1396】笑い茸(わらいたけ):「毒茸(どくきのこ・どくたけ)」の傍題の一つ。食すると幻覚が現れたり大笑いをしたりする症状が現れるところからこの名で呼ばれる。◆笑ひ茸食べて笑つてみたきかな(鈴木真砂女) #jhaiku #kigo
10-24 05:00

とびぃ
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自転車散行 -はけの道⑳「白伝坊の坂」-
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*東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + NOKTON classic40mm f1.4 (S・C) (2013.10.22撮影)

昨日の「車屋の坂(中町)」の入り口からはけの道をさらに100mほど東に向かって進むと信号のない十字路があり、その先右側に小金井市立第二中学校の校舎が見えます。そこを北に折れて行くと道は次第に傾斜を増し、緩いS字状にくねりながら間もなく連雀通りに出ます。その中間地点に上の画像に見える坂名標識があり、そこには「白伝坊(はくでんぼう)の坂」の坂名と次の案内文が記されています。

万延から明治初めにかけ、この坂の中段、西側にある墓地に「白伝」という僧が住みついていた。農家を托鉢(たくはつ)に回ったといわれ、いつしか白伝坊の坂と呼ばれるようになった。
昭和十五、六年ごろの墓地整理で、炉跡、井戸などが見つかり、小さな白伝の碑もあったといわれる。


ただし『続 小金井風土記』には、この「白伝坊」の由来について「墓守りだった個人名か、あるいは金蔵院前身の観音寺当時の寮の名なのか定かでない」とあり、その実体については必ずしも明らかではないようです。

ちなみに上記の案内文にいう「西側にある墓地」内には、「天文七年戊戌(1538)十一月廿三日」の銘が刻まれた廿三夜月待供養板碑と鎌倉時代末期の延慶二年(1309)建立の板石塔婆が祀られ、市の郷土資料に指定されている*注ということです。ただ、入り口には鍵が掛けられていて、残念ながら実見することはできませんでした。

なお前記「車屋の坂(中町)」と「白伝坊の坂」の中間にある丁字路を北に入ると、最後の画像に見るような野趣に富む階段状の支坂があります。ここを上って右に折れると上記の標識の傍に出ることができます。

* 小金井市WEB「小金井の指定文化財(市指定文化財その1)」による。

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10/23のツイートまとめ
twryossy

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。秋の深まり行く週央の良い一日を! #kigo
10-23 05:29

【今日の季語1395】霜降(そうこう):二十四節気の一つ。歳時記『改正月令博物筌』(1808)に「露結んで霜となるなり。ゆゑに霜降といふ」とあり例年この頃に初霜を見る。◆霜降や鳥のねぐらを身に近く(手塚美佐) #jhaiku #kigo
10-23 05:00

とびぃ
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自転車散行 -はけの道⑲「車屋の坂(中町)」-
DSCF9518a.jpg *東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + NOKTON classic40mm f1.4 (S・C) (2013.10.10/10.22撮影)

前回取り上げた「妙貫(観)坂」下り口の丁字路は、その下にある金蔵院を東から南に迂回する急坂となります。そこを降りて行くと、このシリーズ① (⇒ こちら)にその画像を掲げた「はけの道」の道標の立つ三叉路に出ます。そこから東に向かって120mほど進むと、北に抜ける小道があります。左側に「『はけの森』緑地」と記された看板があり、道の正面には樹木に囲まれた狭い階段坂の上り口が姿を現します。

どこやらの屋敷に続く私道のようにも見えますが、地域の人々の通行に供されたれっきとした公道です。坂名標識はないものの、近くの地域バスの停留所標識に「車屋坂下」と記されているので、『続 小金井風土記』二九「小金井の坂②」の条に見える「⑧車屋の坂」にあたることが知られます。ここでは以前に「はけの道⑦/⑧」の項で取り上げた同名の坂と区別するために、町名を添えて「車屋の坂(中町)」と表示することにします。

上記の文献にはこの坂の由来が次のように記されています。

市立一小前の文具店脇を下る坂道で、途中から階段がつけられている。昔は階段のある所まで曲線をえがいたゆるやかな坂であり、その先は急な坂道となっていたから、雨でも降ろうものなら、とうてい上ることはできなかった。この坂沿いに「上の車」「下の車」と呼ばれる水車小屋があったので、この名がついている。

ここには「昔は階段のある所まで曲線をえがいたゆるやかな坂であり」とありますが、現在は階段を上り終えた先はほぼ一直線の道となって小学校前の連雀通りに続いています。この地域にかつて水車業が盛んであったことを伝える坂名がここにも残されているわけです。

ところで余談ながら、最後の画像に写っている「階段」の標識の支柱、見事に折れ曲がっていますね。夜間に先が階段になっているのを知らずに車が入って来てこれにぶつかり危ういところで停まった、などという事態をつい想像してしまいました(笑)

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10/22のツイートまとめ
twryossy

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。新たな台風の進路が気になる週初良い一日を! #kigo
10-22 05:16

字音はサですが機種依存文字なので従来の携帯には表示されないと思います。 RT @dampjamp: @twryossy ガラケーのためか、榠の後ろは空白です。この携帯の漢字表には無いのかもしれません。単独の音読みもわかりませんm(__)m
10-22 05:09

ご丁寧に有り難うございます。出題で一日を始める習慣が身につき楽しみながら続けています。RT @tetsuhime7: @twryossy 林先生の【今日の季語】に出会い1年が経ちました。…毎日のご出題、生半なことではないと拝察致します。向寒の折から、お身体どうかお厭いくださませ。
10-22 05:06

【今日の季語1394】朝寒(あささむ):「朝寒し」とも。日中にはまだ感じられないものの、朝起きる時分に寒さを感じるようになるこの時季に用いる。「夜寒」も同季別題の季語。◆朝寒のぬくめてつかふ花鋏(うまきいつこ) #jhaiku #kigo
10-22 05:00

とびぃ
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自転車散行 -はけの道⑱「妙貫(観)坂」(続)-
R0013848a.jpg *東京・小金井 RICOH GXR/A12 + NOKTON classic40mm f1.4 (S・C) (2013.10.21撮影)

昨日引用した「妙貫坂」標識の説明文に言及されているように、現在の前原坂上交差点は、かつて六本の道が交わる辻であったところから、これを人間が輪廻転生を繰り返しながら六つの迷界を巡り歩く「六道」と見なして「六道の辻」の名で呼ばれていたということです。

その辻の一つに、六角柱の各面に地蔵像を刻んだ「笠付六面地蔵尊」が祀られています。傍に立つ案内板には、塔身に「宝永四丁亥稔九月廿四日」云々の年記が刻まれている旨が記されてあり、江戸中期の1707年に地元の念仏講中により建立されたものであることが知られます。

その傍には、深さ100mの深井戸から汲み上げる「黄金(こがね)の水」と呼ばれる地下水の汲み場があり、試飲用の蛇口から水を飲むことができます。また年間登録料500円を払うと専用蛇口の水栓が貸与されて使い放題で汲む事が出来るということです。私も早速試飲してみたところ、舌触りのよいまろやかな水質が感じられました。

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twryossy

問題の字は機種依存文字のために表示されないのですね。こちらのページでも同様でしょうか⇒ http://t.co/hDZIATu2Ly RT @dampjamp: …機種の違いからか、榠の後が表示されませんし、(さ)では変換できません!どうすれば?
10-21 12:17

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。雨上がりの好天を迎えた週初の良い一日を! #kigo
10-21 07:07

【今日の季語1393:別記】カリンの漢名「榠樝」の字音は「べいさ」。これをカリンと読むのは、本来別の植物である「花梨」の読みを誤ってこれに与えたもの。両者とも建築材料とされたところから混乱を生じたか。 #jhaiku #kigo
10-21 05:01

【今日の季語1393】榠樝の実(かりんのみ):別名「唐梨(からなし)」。古く中国から日本に渡来したもので咳止めの効果がある。「花梨」とも表記されるがこれは本来別の植物名。◆榠樝の実うれて日和のつづきけり(貝島春光)
10-21 05:00

とびぃ
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自転車散行 -はけの道⑰「妙貫(観)坂」-
DSCF9700a.jpg *東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + SUMMARON35mm f2.8 (MLmount) (2013.10.19撮影)

昨日の「質屋坂」を上り切ってしばらく進むと、道は前原坂上交差点から府中方面に向かう小金井街道に合流します。横断歩道を渡って前原坂の左側を100mほど南に下ると、上の画像に見るように、丁字路の付け根に短い階段坂があります。その下り口に「妙貫坂」と書かれた坂道標識が立てられていて、側面には坂名の由来が次のように記されています。

前原坂上交差点は、その昔「六道の辻」といって、六本の道が交差していた。そのうちの一本がこの道で、畑や水田の耕作のための農道であった。
急な坂の東側に墓地があり、その南側、現在のカシ並木があるあたりに、明治中ごろから大正の初めごろまで「妙観(貫)」といわれる僧が「庵」を造り住んでいたので、妙貫坂と呼ばれるようになった。

一方『続 小金井風土記』では、この坂名の漢字表記を「妙観坂」とし、その由来についても小異ある記述が見られます。

名の由来は、金蔵院の前身である観音坊の一つであるとも、大正初めまで住んでいた墓守の個人名だともいわれる。

この坂名が仏教語に由来するものであれば、《微妙で奥深い観法》の意を表す「妙観」を当てるのが適切のように思われますがいま一つ決め手に欠けるので、ここでは両表記を併記することにしました。(この項続く)

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10/20のツイートまとめ
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今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。秋雨の朝を迎えた休日の良い一日を! #kigo
10-20 05:36

【今日の季語1392】走り蕎麦(はしりそば):「新蕎麦」の傍題の一つで「初蕎麦」とも。夏に蒔いた蕎麦を少し早めに収穫したもの。青みを帯びた粉で打った蕎麦は格別の味が。◆月山の水に洗ひて走り蕎麦(渡辺和惠) #jhaiku #kigo
10-20 05:00

とびぃ
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自転車散行 -はけの道⑯「質屋坂」-
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*東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + SUMMARON35mm f2.8 (MLmount) (2013.10.19撮影)

前項の「幡随院坂」下の丁字路を北東に50mほど進むと信号のない十字路に出ます。そこを左折して北に向かうと、やがて坂の上り口にさしかかります。路面は左側に階段状の支坂が現れる辺りから石畳となり、左右に大きくくねりながら、車の往来の激しい前原交差点に出る道へと続いていきます。坂の長さおよそ250m、車両は下りのみの一方通行路。斜度9%ほどの急坂で凹凸のある坂面のために、自転車に乗ったまま上るにはかなりきつい坂道です。

坂の途中に枝を広げる二本のケヤキの間に坂名標識が立てられていて、その案内文には次のようにあります。

この坂道は、埼玉県志木から府中へ商人が往来した志木街道の旧道で、この街道では最も険しい坂であった。
この坂に沿って、幕末から明治の初めにかけて、当時の下小金井村の星野家が開いていた質屋があったので、質屋坂と呼ばれるようになった。また、坂が鎌の形に似ているところから、かま坂ともいわれている。

この出典にされたと思われる『続 小金井風土記』にもこれとほぼ同じ内容が盛られていますが、上記の「星野家」はこちらでは「名主・星野治右衛門の家」とされています。

ここを生活道路とする住民にとっては難儀な存在でしょうが、木立に上を覆われた石畳の坂道はなかなかの美観を呈しています。

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10/19のツイートまとめ
twryossy

武蔵小金井市の「幡随院坂」を「なそい坂」と呼ぶのは誤りであることを指摘した「自転車散行 -はけの道⑭「幡随院坂」」の記事の一部を改稿補強しました。? http://t.co/5aF5Mk4r8t
10-19 07:33

リンクありがとうございます。こちらからもリンクさせていただきました。 RT @tsfuge: @twryossy 勝手ながら林先生のブログをリンクさせていただきました。 - 七つの涙 http://t.co/Kl71YWiQoj
10-19 06:12

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。日ごとに夕暮が早くなる週末の良い一日を! #kigo
10-19 06:08

【今日の季語1391】秋収(あきおさめ):「秋仕舞(あきじまい)」「田仕舞」などの傍題も。秋の農作業を終えた人々が集まって収穫を祝い合う行事。最近はほとんど見られなくなった。◆田の神へ注連(しめ)あたらしく秋収め(宮田紀美子) #jhaiku #kigo
10-19 05:00

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自転車散行 -はけの道⑮「幡随院坂 (続)」-
DSCF9666a.jpg *東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + RICOH GR28mm F2.8(2013.10.17撮影)

現在「幡随院坂」の通称になっている「なそい坂」のナソイとはどういう意味のことばでしょうか。

昨日引用した『続 小金井風土記』には「なそいとは"斜め"の意味である」とありましたが、その根拠は何も示されていません。その前文に「貫井大坂の下から、西北に向かって斜めに、ゆるやかな長い坂があった」という記述があるのは、この解釈に符節を合わせるための用意のようにも思われます。

ただし『日本国語大辞典 第二版』の「なぞえ」の項には「傾いていること。すじかい。ななめ。また傾いている所。傾斜。斜面」とあり、夏目漱石『虞美人草』一五に見える「なぞへに引いた眉の切れが三が一(=三分の一)ほどあらはれた」などの用例が示されているので、ナソイをこのナゾエから転じたものと見ることもできなくはありません。しかし坂が"斜め"であるのはここに限ったことではなく、そのような坂の通性を表すことばを特定の坂の名称に用いるというのはいささか腑に落ちません。

一方これも上記の辞典によれば、《傾斜が緩い》ことを表す方言に「なそい」という形容詞があり、その使用例として「此の坂道は割合になそいきに(=なだらかなので)息がきれません」という高知方言の例文が引かれています。また関東地方でも、藤沢市に「なせえ」の形の使用例のあることが記載されています。

さらに上記の「なぞえ」の項には、《傾斜》の意とは別に《勾配の緩やかな所》を意味する方言が「のせ」「なぜ」などの形で各地に散在している旨の記述があります。はけの道の「なそい坂」もこの意味を表す呼び名だったのではないかというのが私の考えです。

ただし現在の「幡随院坂」は、昨日の記事に示したように、最後の上りが斜度14%に達するほどの急坂なので、この語義をあてはめるにはふさわしくありません。しかしすでに記したように、ここは本来の「なそい坂」ではなかったと見られるふしがあるのに加えて、これも昨日引用した『続 小金井風土記』の「なそい坂」の項には「年寄りや子どもが楽に上り下りすることができる」とあり、ここから本来の「なそい坂」は傾斜の緩い坂であったことが知られるので、私の推論にとっては有利な材料になります。


10/18のツイートまとめ
twryossy

ありがとうございます。これからもどうぞよろしく。 RT @oohama: しぶい。いい言葉です。RT @twryossy
10-18 05:16

そうなんです。一向に改善されないままなので困っています。 RT @hazy_blue_moon: @twryossy ご返信ありがとうございます。「もっと読む」を押しても、他の方のつぶやきが1件も表示されないので、もしかして入会に承認が必要かと思ったのですが、不調だったのですね。
10-18 05:15

【今日の季語1390】柿干(かきほ)す:「干柿」の動詞形傍題で「柿吊す」などとも。渋柿の皮を剥き細縄に吊しておくと甘味が出るところから「甘干(あまぼし)」とも呼ばれる。◆柿干してなほ木に余る伊賀の国(森澄雄) #jhaiku #kigo
10-18 05:00

とびぃ
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自転車散行 -はけの道⑭「幡随院坂」- (一部改稿)
DSCF9394a.jpg *東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + KERN-MACRO-SWITAR 50mm F1.8 & RICOH GR28mm F2.8(2013.09.26/10.17撮影)

昨日の「念仏坂」入口からさらに東に向かって180mほど進むと、再び丁字路があります。ここを左折して北に向かうと、道は次第に上り始め、最後はかなり急な坂となって連雀通りに接続します。坂の長さおよそ200m、車両は上りのみの一方通路になっています。

この坂にも坂名標識はありませんが、上の画像に見るように地域バスの停留所標識には「なそい坂」とあり、「坂学会」「坂ミシュラン」などの坂関連サイトでもこの呼び名が用いられています。しかしこの坂をこの名で呼ぶことには疑いがあるので、ここでは坂の西側にある寺院の名に基づく「幡随院坂」(ばんずいんざか)の呼び名を用いることにしました。それは、これまでにも参照してきた『続 小金井風土記』「三〇 小金井の坂」の条に見える次の諸記事を見逃すべきではなかろうと考えたからです。

その一つは、「⑫幡随院の坂」の項に、この坂の名前が上記の寺院名に由来することを記した後に「以前は名もない細い農道だった」という記述があることです。

また、「三〇 小金井の坂③」の「⑰なそい坂」の項には次のように記されています。

貫井大坂の下から、西北に向かって斜めに、ゆるやかな長い坂があった。これが「なそい坂」で、なそいとは"斜め"の意味である。前記の大坂(=貫井大坂)よりも距離はずっと長いが、年寄りや子どもが楽に上り下りすることができる。杉の木立に囲まれた坂であった。大坂に代わる道として設けられたものだろう。

ちなみにこの記事の前に置かれた「⑯貫井大坂」の項の冒頭には次のようにあります。

ごく最近、新設された貫井トンネルの西側、曲がりくねった長い急坂で、現在も部分的に残っている。

これらの記事を併せ読めば、かつては「貫井大坂」の下から西北の方向に上るゆるやかな長い坂があり、それが「なそい坂」と呼ばれていたことが知られます。この二つの坂があったという場所は、問題の「幡随院坂」よりも西に600m以上も離れた地点であることに加えて、上掲記事が小金井新聞に掲載された昭和58年11月1日には「なそい坂」の主要部分はすでに姿を消していたことも明らかなので、「幡随院坂」に「なそい坂」の名を与えたのはごく最近のことであり、これは何らかの事情によって生じた錯誤であろうと考える次第です。(この項続く)

下の画像は上記の「幡随院」南側にある幡随院公園の景観。普段は柵が閉じられて中を見ることができませんが、撮影当日はたまたま開いていたので、これ幸いとスナップしました。

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10/17のツイートまとめ
twryossy

いつもご覧頂き有り難うございます。socialsはこのところ不具合が続いているようなのですが結果は如何でしたか。RT @hazy_blue_moon: … socialsの今日の季語コミュニティに入会申請致しましたので、どうぞ宜しくお願い致します。
10-17 12:42

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。台風が去って一段と秋の深まった週央の良い一日を! #kigo
10-17 05:33

【今日の季語1389】雀蛤(すずめはまぐり)となる:七十二候の一つで「寒露」の第二候名。「雀大水(海中)に入りて…」が本来の形。奇妙な季語なので用いるにはひと工夫が必要。◆舌切りて蛤となる雀かな(神澤久美子) #jhaiku #kigo
10-17 05:00

とびぃ
散歩写真
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自転車散行 -はけの道⑬「念仏坂」-
DSCF9489a.jpg
*東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + KERN-MACRO-SWITAR 50mm F1.8 & RICOH GR28mm F2.8 (2013.10.06/16撮影)

前回の「平代坂」の下道をさらに東に120mほど進むと丁字路に出ます。そこを左に折れてさらにおよそ100m北に進むと道は急に狭まり、自転車がやっと通れるほどの細道に変わります。

その先は緩やかにうねる坂道が40mほど続き、直角に右に折れる細道を経てこれとは別のやや広い坂道と合流します。その出口に「念仏坂」の坂名といわれを記した道標が立っているのですが、うっかりするとこれを広い方の坂名標識と見誤るおそれがあります。

それにはこの坂名の由来が次のように記されています。

昔、江戸街道から薬師通りに通じ、農民が便利にしていたこの道は、狭く両側から笹や樹木が生い茂っていた。坂の中段、東側に墓地があり、人はいつしか念仏を唱えながら通ったので、念仏坂と呼ばれるようになった。

上記の「墓地」のあったとされる東側の場所は塀にさえぎられていて中は見えませんが、西側は樹木や竹が生い茂って薄暗く、あまり人の通らない寂しい道であることに変わりはありません。そんなところに往時の面影がわずかに残されているように感じられるので、はけの道に続く坂の中では指折りの一つに入れたい場所です。

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10/14のツイートまとめ
twryossy

いつもありがとうございます。被害のないことを祈念します。 RT @mardidupin: @twryossy おはようございます!ただいま真っ只中
10-16 05:25

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。台風の無事通過を願いつつ週央の良い一日を! #kigo
10-16 05:22

【今日の季語1388】色鳥(いろどり):「秋小鳥」の傍題でも。本来は晩秋の頃に渡来する美しい色の小鳥たちを指す季語であるが、渡りをしない鳥を含めて用いることもできる。◆色鳥や塩の店ある峠口(皆川盤水) #jhaiku #kigo
10-16 05:00

とびぃ
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10/15のツイートまとめ
twryossy

【今日の季語1387】芋煮会(いもにかい):「芋煮」とだけ用いることも。この時季に河原で里芋などの秋の味覚を大鍋に入れて煮込む。山形で行われた行事が各地に拡がったもの。◆煙らして火の番替はる芋煮会(新谷弘子) #jhaiku #kigo
10-15 05:01

とびぃ
一般
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自転車散行 -はけの道⑫「平代坂」-
DSCF9612a.jpg *東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + KERN-MACRO-SWITAR 50mm F1.8 (2013.10.12撮影)

前の「はけの道⑩・⑪」の項で取り上げた「弁車の坂」の下を東におよそ100mほど進むと十字路に出ます。そこを左に折れるとすぐに「平代坂」(へいだいざか)と書かれた坂名標識と郷土資料に関する案内板があり、そのあたりから上りが始まります。車両の両側通行が可能な道幅で長さおよそ140m、初めは緩く後に斜度9%ほどに達する直線的な坂です。

「平代坂」の呼び名の由来は、この坂の東側に住んでいた上小金井村名主梶平太夫(かじへいだゆう)が幕末の頃に玉川上水の分水を使って水車を回していたので平太坂と呼ばれていたのが、後に平代坂といわれるようになったと上記の標識には記されています。

しかしこの坂名の推移については、「平太夫坂」が「平太坂」を経て「平代坂」に転じたと文字言語の面からとらえるよりも、本来の呼称に用いられていたヘイダユウの語源が忘却されてヘイダユなどの形に縮約し、それがさらにヘイダイに転じてこれに「平代」の表記が宛てられるに至ったと見るのが自然であろうと思われます。それはともあれ、ここにもまた水車が坂の陰に姿を見せているのは興味深いことです。

なお、上記の案内板に言及されている梶家は、現在もこの坂の東側に宏大な父祖伝来の地を承け継いでいます。その家の幅広い門柱の上には猫が一匹門番をしていました。

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10/14のツイートまとめ
twryossy

遅レスにて御免。お元気ですか。引き続きご贔屓に。 RT @tappe_h: @twryossy 素敵なお写真、ありがとうございます。
10-14 07:36

嬉しいお言葉をありがとうございます。できる限り続けたいと願っています。 RT @kzktkg: @twryossy お早うございます。「今日の季語」に参加し始めてから約一年が経ちました。毎日楽しく続けさせて頂き、大変感謝しております。これからもどうぞよろしくお願い致します。
10-14 07:31

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。晴天に恵まれた連休最後の良い一日を! #kigo
10-14 06:49

【今日の季語1386:別記】ボケの語源については旧ブログ所載のこちらの記事をご覧下さい⇒http://t.co/ISPuIiZTer #jhaiku #kigo
10-14 05:01

【今日の季語1386】木瓜の実(ぼけのみ):晩春の季語「木瓜の花」の後、仲秋から晩秋にかけて青い実を付ける。漢字表記はその形が瓜に似ているところから出た漢名にあたる。◆木瓜の実を離さぬ枝のか細さよ(後藤夜半) #jhaiku #kigo 
10-14 05:00

とびぃ
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下町散策 (御徒町周辺)
DSCF9551a.jpg *東京・台東区 FUJIFILM X-E1 + SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5 (2013.10.11撮影)

鳥越から東上野に向かい、上野コリアタウンの馴染みの店で白菜と葱キムチを入手、さらに御徒町駅近くの魚の店に立ち寄って買物をしました。今日の画像はその道筋でのスナップです。アメ横商店街はいつに変わらぬ混雑ぶり。地下街の中国食材を商う店には紐で縛られた季節物の上海蟹がずらりと並んでいました。

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10/13のツイートまとめ
twryossy

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。秋晴に恵まれて休日の良い一日を! #kigo
10-13 07:41

【今日の季語1385】刈田(かりた):「道」「原」などにこの語を冠した傍題も。稲を刈り終えた田は稲穂に覆われていた場景がにわかに空虚な景観に転じて一抹の寂しさを伴う。◆はればれと雀の遊ぶ刈田かな(石水明子) #jhaiku #kigo
10-13 05:00

とびぃ
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下町散策 (鳥越周辺)
DSCF9541a.jpg *東京・台東区 FUJIFILM X-E1 + SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5 (2013.10.11撮影)

鳥越周辺に残っている銅板建築の画像は以前にも紹介したことがあります (⇒ こちら)。上の画像はそのような建築の一階部分の外壁が改装された商店の姿です。朱に近い色合にはミスマッチな印象もありますが、僅かにせり出した増築部分には独特の意匠がなされていて、不思議な趣も感じられます。

二枚目の画像には、窓の下壁が剥がれて木舞竹が顔を覗かせている様子が写っています。銅板建築の中壁がどのように造られているのかを知りたいと思っていましたが、この画像はその答を教えてくれるものです。

三枚目以下にはそのような建築の並ぶ下町の雰囲気を伝える画像を選んでみました。

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10/11のツイートまとめ
twryossy

【今日の季語1384】菜虫(なむし):大根や白菜などの野菜に付く虫の総称。三夏の季語「毛虫」に対して毛がなく身体が緑色をしているとこころから「青虫」とも呼ばれる。◆嫌はれて太つてみせる菜虫かな(ふけとしこ) #jhaiku #kigo
10-12 05:00

とびぃ
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下町散策 -浅草橋周辺-
DSCF9532a.jpg *東京・台東区 FUJIFILM X-E1 + SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5 (2013.10.11撮影)

昨日は夏に戻ったような気候でした。朝の雨が上がったので、眼科の定期検診を受けに出たついでに、JR中央線をお茶の水で総武線に乗り換えて浅草橋駅で降り、鳥越・東上野・御徒町方面の街歩きを楽しんで来ました。

浅草橋駅から北に向かってなるべく裏通りを選んで歩くと、ビルに囲まれながらも今なお健在の古い建築をいくつも見ることができます。交換レンズとしてノクトンクラシック40㎜を携行しましたが、こういう場所では15㎜の広角レンズが活躍します。ただし、気を付けてはいるのですが、斜めから撮ったものはどうしても画像の歪みを生じてしまうところが難点です。

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10/11のツイートまとめ
twryossy

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。日毎に秋の深まりを感じる週末の良い一日を! #kigo
10-11 07:26

【今日の季語1383】古酒(こしゅ・ふるざけ):音訓いずれの読みでも用いることができる。晩秋に出る「新酒」に対して前年の酒をこう呼ぶところからこの季の季語として扱われる。◆酔へば足る新酒否まず古酒辞せず(三溝沙美) #jhaiku #kigo
10-11 05:00

とびぃ
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自転車散行 -はけの道⑪ 「弁車の坂 (続)」-
DSCF9497a.jpg *東京・小金井 RICOH GXR/A12 + NOKTON classi c40mm F1.4 (S・C)/SUPER WIDE-HELIAR 15mm F4.5 (2013.10.10撮影)

滄浪泉園」の門前には、かつてここを訪れた犬養木堂の筆による、園名を刻んだ巨大な石の門標が建っています。受付門をくぐるとすぐ、上の画像に見るような石畳の坂道が大きく湾曲しながら南の方向に下っています。これが昨日引用した記事にあった旧い「弁車の坂」の名残を留めるものと思われます。

DSCF9509a.jpgかつては33,000㎡あったという庭園も、旧所有者の死後にその一部が売却され、さらに残りも宅地化の波に呑まれて一時は廃園の危機に立たされていたのを、市民の要望が実って東京都による緑地保全地区の指定と買収を受け、都民の財産として辛うじて残されるに至ったということです (⇒ 詳細はこちらをご覧下さい)。

園内は「はけの水」を水源とする「鏡の池」を中心に古い武蔵野の自然の姿がよく保たれ、江戸期の石地蔵や水琴窟を配置するなど、来園者を楽しませる配慮も随所に施されています。

車の通行量が多い幹線道路のすぐ近くにこのような静寂さを湛えた庭園が残されていることに驚きを禁じ得ません。もうすぐ訪れる紅葉の時季には再びここに足を運んでみたいものです。

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10/10のツイートまとめ
twryossy

【今日の季語1382】色変へぬ松(いろかえぬまつ):松のみずみずしさを表す晩春の「松の緑」に対して晩秋に他の木々が紅葉しても色を変えない松の毅然とした姿を賞翫する季語。◆兵の遺書簡潔に松色変へず(工藤義夫) #jhaiku #kigo
10-10 05:00

とびぃ
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自転車散行 -はけの道⑩ 「弁車の坂」-
R0013835a.jpg *東京・小金井 RICOH GXR/A12 + NOKTON classic40mm F1.4 (S・C) (2013.10.08撮影)

昨日の「学校の坂」の坂下道をさらに東に進み、新小金井街道下を通る狭い隧道を抜けると丁字路にぶつかります。そこを左に折れて80mほど進むと、上の画像に見るような塀沿いに上る坂道の途中に出ます。この近くにかつて「弁車(べんぐるま)の坂」と呼ばれた坂があり、それが後に現在の場所に移し変えられたことが『続 小金井風土記』に次のように記されています。

滄浪泉園の中を突っきり、池に沿って東側、南側とまき、南下する。(中略)
弁車の名は文政年間(1818-30)にこの土地所有者、鈴木弁次郎が池の水を利用して水車業を営んでいたことから。なお現在の坂は当時よりやや東側に移動しており、この新坂に名はないようだ。
(小金井の坂③「弁車の坂」)

これによれば、「弁車」とは「次郎の屋」の略称であったことが知られます。この坂名に「べんしゃ」の読みを施すサイトもありますが、この記事によれば重箱読みの難はあるものの「べんぐるま」がふさわしい。すでに取り上げた「車屋の坂」と並んで、ここにも当地はかつて水車業が盛んであった、その跡を留める坂名が残されています。

その新坂を上ってゆくと道は左にクランク状に折れ曲がり、まもなくその左側に、上の記事にいう「滄浪泉園(そうろうせんえん)」の入口が見えてきます。(この項続く)

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10/09のツイートまとめ
twryossy

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。台風は日本海に抜けた週央の良い一日を! #kigo
10-09 06:10

【今日の季語1381】秋寒(あきさむ)し:語幹を独立させた「秋寒」の傍題も。「朝寒」「夜寒」の同季別題もあるが、こちらは時分に拘わりなく晩秋の寒さをいうのに用いる。◆秋寒し此頃あるる海の色(夏目漱石) #jhaiku #kigo
10-09 05:00

とびぃ
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自転車散行 -はけの道⑨ 「学校の坂」-
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*東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + NOKTON classic40mm F1.4 (S・C) (2013.10.03/08撮影)

「車屋の坂」の上り口を左に見ながら、貫井神社の前を東にさらに100mほど進むと、また別の坂が姿を現します。長さ110m、平均斜度18%のかなりの急坂。途中で「く」の字に折れ曲がって北に向かい、東から続く別の坂と合して小金井市立第四小学校前に至ります。

ここにも坂名標識は設けられてありませんが、古くから「学校の坂」の通称で呼ばれていたことが『続 小金井風土記』の記事から知られます。同書には次のような由来が記されています。

学制が発布された明治初期、村むらで盛んに学校建設が行われた。貫井村でもその候補地が取沙汰されたが、同村は段丘を中心に南北に細長い。坂上に建てようとすると坂下の父母から、幼い子に坂を登らせるのはかわいそう、と反対が出、坂下にすると逆に坂上から異論が出るといった風で、なかなか意見の一致をみなかった。そこで双方が納得するようにと、坂の真ン中に建設されることになったのである。

ただし現在の小学校は「坂の真ン中」ではなく上り坂の尽きる位置にあるので、この記述が正しければこれまでに校舎の移築などのことがあったのかもしれません。ともあれ、自転車で登るにはいささか手強いこの道、坂下から六年間通う子どもたちの足を鍛えるに充分な存在であることは疑いありません。

我が身について言えば、故郷のいわき市で通った小・中・高校はすべて坂の上にあったところから、学校は高い場所にあるものという通念が知らぬ間に身に付き、後に都内の大学に通うようになって、学校が平地にあることに違和感を覚えたのをこの記事を書きながら思い出しました。坂道に寄せる関心の源も存外こんなところにあるのかもしれません。

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10/08のツイートまとめ
twryossy

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。晩秋前半を迎えた週初の良い一日を! #kigo
10-08 07:16

【今日の季語1380】寒露(かんろ):二十四節気の一つ。前々節の「白露」からひと月を経て気候に寒さの徴候が次第に見え始める状況を表す名称。暦はこの日から晩秋前半に入る。◆目に見えぬ塵を掃きたる寒露かな(手塚美佐) #jhaiku #kigo
10-08 05:00

とびぃ
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自転車散行 -はけの道⑧ 「車屋の坂(貫井町) 続」-
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*東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + KERN-MACRO-SWITAR 50mm F1.8 (2013.10.01撮影)

昨日の記事に引用した『続 小金井風土記』には、この坂の途中に庚申塔が建っている旨の記述がありました。上に掲げる画像はその石塔を撮影したものです。

石面に刻まれた文字は、長い歳月による風化が進んでかなり摩耗して判読の困難な箇所もありますが、右側の碑文の一部に「庚申待(こうしんまち)」とあり、左側に「正徳元辛卯天十一月十一日」の年記が刻まれているところから、この石塔は江戸中期の正徳元年(1711)に造立された庚申塔であることが読み取れます。

碑文に見える「庚申待」については、Wikipedia「庚申塔」の項に掲げる次の解説が参考になります。

人間の体内にいるという三尸虫という虫が、寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くのを防ぐため、庚申の日に夜通し眠らないで天帝や猿田彦や青面金剛を祀り、勤行をしたり宴会をしたりする風習である。(下線は筆者)

また、別の「三尸(さんし)」の項にも次のようにあります。

60日に一度の庚申の日に眠ると三尸が体から抜け出し、天帝にその人間の罪悪を告げ、その人間の命を縮めるとされることから、庚申の夜は眠らずにすごすようになった。一人では夜を過ごすことは難しいことから、地域で庚申講とよばれる集まりをつくり、会場を決めて集団で庚申待ちが行われるようになった。庚申待ちは平安貴族の間に始まり、近世に入っては、近隣の庚申講の人々が集まって夜通し酒宴を行うという風習が民間にも広まった。

貫井町「車屋の坂」の麓に建つ庚申塔は、三百年以上もの昔に行われていた風習を今に伝えるもので、上に引用した記事と併せて、中央に「青面(しょうめん)金剛」を据え、頭上に天帝の象徴としての太陽と月を配し、足元には《見ざる・言わざる・聞かざる》の「三猿」を添える意匠を施したものであることが知られます。

ちなみに、これもWikipedia「三猿」の項には、青面金剛と猿の関係はインドに起源があり、青面金剛はインドのラーマーヤナ説話の主人公・ラーマの本体たるヴィシュヌ神の転化であり、三猿はラーマに仕えたハヌマーンの変形とする南方熊楠の説が紹介されています。「庚申塔」の淵源をインド神話に求める壮大な仮説です。


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twryossy

【今日の季語1379】水の秋(みずのあき):「秋の水」の傍題の一つ。修飾の関係を入れ換えただけのようにも見えるが、秋の清澄さが水によって象徴的に表される効果が生じた。◆木曾節を寂しと聞けり水の秋(鈴木圭子) #jhaiku #kigo
10-07 05:00

とびぃ
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自転車散行 -はけの道⑦ 「車屋の坂(貫井町)」-
DSCF9480a.jpg *東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + SUMMARON35mm F2.8 (MLmount) (2013.10.06撮影)

本項はすでに3回にわたって取り上げた「くらぼね坂」に続く坂道シリーズ第2編にあたるもの。小金井市内には同名の「車屋の坂」が別にもう一つあるので、それぞれの所在地名を添えて区別することにします。

この坂は、「くらぼね坂」を下りて東におよそ200mほど進んだ地点に立つ貫井(ぬくい)神社の西脇にその上り口があります。道幅2m、長さ110m、最大斜度12%の坂が急角度で幾重にも折れ曲がっているために、自動車・バイクは通行不可、自転車さえも乗ったままの昇降は危険を伴うので、それを妨げるための逆U字フェンスが坂の途中数箇所に埋め込まれています。

ここには坂名標識は立てられていませんが、古くから「車屋の坂」あるいは「弁天坂」の別名で呼ばれていました。前者の名に「車屋」とあるのは水車による脱穀・製粉などを営む家を指す呼称で、『続 小金井風土記』には次の記述があります。

貫井神社西側にあった鈴木家と秋和家がそれぞれ経営する二基の水車小屋脇を通る坂。貫井弁天前に通ずる道だったことから弁天坂の名もあり、途中には庚申塔が建っている。(小金井の坂④)

(鈴木家の水車は)貫井弁天の西側の段丘の中間にあり、玉川上水の分水を利用していたが、その下にも水車小屋があり村人は双方を上(うえ)の車、下(した)の車と呼んでいた。(水車聞き歩き②)

水車を回すにはこのような急傾斜の地形が好適だったのでしょう。(この項続く)

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10/06のツイートまとめ
twryossy

【今日の季語1378】宵闇(よいやみ):名月の候を過ぎ、月の出が遅くなるにつれて感じられる宵の暗さをいう仲秋の季語。俳諧では陰暦二十日過ぎごろまでの宵について用いる。◆宵闇のかたちとなりて牛がゐる(北澤瑞史) #jhaiku #kigo
10-06 05:00

とびぃ
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10/05のツイートまとめ
twryossy

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。静かな雨の日となった週末の良い一日を! #kigo
10-05 07:44

【今日の季語1377】障子貼(しょうじは)る:「障子の貼替」の傍題も。障子は夏の間外しておき、冬近くに取り出して紙を貼り替えるのが習わしであったことから仲秋の季語に。◆日を月を招く障子を貼りにけり(磯部てい子) #jhaiku #kigo
10-05 05:00

とびぃ
一般
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鵯上戸(ヒヨドリジョウゴ)の花
DSCF9342a.jpg *東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + KERN-MACRO-SWITAR 50mm F1.8 (2013.09.23撮影)

撮影地は9月26日の「自転車散行 -武蔵野の彼岸花-」(⇒こちら)と同じ都立野川公園自然観察園の一隅。花の名が不明のまま画像ファイルに保存してあったのですが、ネット図鑑数種をあれこれ検索した結果ようやく同定に至りました。

ヒヨドリジョウゴはナス科ナス属の多年草。夏に白や紫の花を咲かせた後に1cmほどの青い実(3枚目の画像に数個写っています)を付け、初冬頃に熟して赤い色に変わるとのこと。和名の由来は、この実をヒヨドリが好んで食する際に騒ぎ立てる様子を酒飲みの姿になぞらえたものと見られますが、実際はさほど好まれるほどのものではないとする記述もあり、命名の面白さはあるものの今一つしっくりしない印象が残ります。さはあれ、実が赤熟した頃に再びここを訪れてこの項を続けたいと思います。

歳時記では「鵯上戸の花」を仲夏、「鵯上戸」を晩秋の季語として、後者には「白英」「鬼目(ほろし)」の傍題を併せ掲げています。しかし花と実の双方が取り上げられている割にはいずれにも例句が見られません。この植物が一般にはあまり目に付かない存在であることを示すものでしょう。

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10/03のツイートまとめ
twryossy

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。秋涼が戻ってきた週末の良い一日を! #kigo
10-04 07:26

【今日の季語1376】甘藷(さつまいも・かんしょ):里芋を指す別題「芋」に対する「藷」の単字傍題でも。元禄末期に中国・琉球を経て薩摩に伝来したことからこの和名で呼ばれる。◆兄弟の多かりし世のさつまいも(保坂加津夫) #jhaiku #kigo
10-04 05:00

とびぃ
花写真
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自転車散行 -掛稲-
DSCF9474a.jpg *東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + KERN-MACRO-SWITAR 50mm F1.8 (2013.10.03撮影)

今日の画像は、はけの道添いの小さな稲田で見つけた風景。この地域はもともと水田が少ないのに加えて、最近はほとんど姿を消した稲架(はさ)掛けの稲を見るのも珍しい。その傍らには、これも伝統的な「へのへのもへじ」の顔文字を伝える案山子が着物姿で見張り番を務めています。

画面後方に見えるこんもりした木立が「はけ」の崖面を覆う部分。枝が道に被さって、昼なお暗しと形容するにふさわしい趣を呈しています。

掛稲(かけいね)」は仲秋の季語「稲干す」の傍題の一つ。上記の「稲架」も同季の別題にあたります。

 かけ稲やあらひあげたる鍬の数   加舎白雄

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10/03のツイートまとめ
twryossy

【今日の季語1375】秋の蛇(あきのへび):「蛇穴に入る」の傍題の一つで「穴惑(あなまどい)」とも。蛇は秋彼岸の頃に冬眠のために穴に入るとされるが、実際はもっと遅い。◆秋の蛇療園の森遠長し(石田波郷) #jhaiku #kigo
10-03 05:00

とびぃ
散歩写真
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自転車散行 -秋の虹-
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*東京・小金井/調布 FUJIFILM X-E1 + KERN-MACRO-SWITAR 50mm F1.8 (2013.10.02撮影)

昨日の午後4時近く、夕陽を背にはけの道を東に向かって自転車を走らせていると、行く手に下の画像に見るような淡い虹が空に架かっていました。それをカメラに収めてから、いつものように野川公園に入り、野中の道を走行していると、今度は虹の左半分がさっきよりもさらに鮮明に姿を現しました。20分ほどの移動の間に二度も虹を見ることができたのは運のよいことでした。

虹は夕立の後などに多く見られるところから、単独では夏の季語になりますが、他の三季に現れることもあるので、それぞれの季名を冠して用いることができます。そのような作例を一つ。

 秋の虹消えたるのちも仰がるる   山田弘子

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10/02のツイートまとめ
twryossy

いつもご覧頂きありがとうございます。季語のアップは毎朝の習慣になりました。RT @muminmuminmama: @twryossy おはようございます。毎日今日の季語を楽しみにしております。十月桜、初めて拝見しました。来年の桜の満開の様子が眼に浮かびました。
10-02 07:21

ありがとうございます。野川公園にはこのところ毎日のように自転車で行っています。RT @sonomina: 十月桜!素敵ですね。野川公園は大学の近くだったので良く行きました(^^) RT @twryossy: ブログを更新しました ⇒ 自転車散行 -野川公園の十月桜-
10-02 07:19

【今日の季語1374】冷ゆ(ひゆ):「冷やか」の動詞形傍題。秋の気配が進むにつれ物の折にふと冷気を感じることがある。一般には幅広く用いられる語を仲秋に特定した季語。◆人退きてたちまち冷ゆる能舞台(横山房子) #jhaiku #kigo
10-02 05:00

とびぃ
散歩写真
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自転車散行 -野川公園の十月桜-
DSCF9450a.jpg *東京・調布 FUJIFILM X-E1 + KERN-MACRO-SWITAR 50mm F1.8 (2013.10.01撮影)

撮影地は自宅から5㎞ほど離れた場所にある野川公園北門近くの園内の一角。朝から断続的に降っていた雨が午後に上がる気配を見せたので、いつもの散行コースをたどって公園に向かい、園内を抜ける道を南に向かって走行していたところ、白い花を付けた木が数本あるのを見つけました。ズボンの裾が濡れるのも構わず草原に自転車を乗り入れて撮影してきました。

ネット図鑑をあたってみると、どうやら十月桜らしい。その名の示すとおり十月に咲き初め、四月頃まで断続的に花を付けるとされています。花の乏しい時季にも姿を見せてくれるのはありがたいこと、自転車散行の新たな楽しみが一つ増えました。

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10/01のツイートまとめ
twryossy

今日の季語リツィータの皆さん、おはようございます。今朝も季語の拡散ありがとうございます。今日から十月が始まる週初の良い一日を! #kigo
10-01 05:30

【今日の季語1373】天高(てんたか)し:「秋高し」「空高し」などとも。大気が澄んで透明感の増した秋の空はとりわけ天が高く感じられる。別題の「馬肥ゆ」を想起させる季語。◆天高し人生なんと恥多き(鈴木真砂女) #jhaiku #kigo
10-01 05:00

とびぃ
一般
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