自転車散行 -はけの道㉔「稲荷坂」-
DSCF9820a.jpg *東京・小金井 FUJIFILM X-E1 + XF35mmF1.4R (2013.10.29撮影)

「ムジナ坂」の上り口からはけの道をさらに南東に進むと、野川両岸に拡がる武蔵野公園が右手に見えてきます。300mほど進んだあたりから道幅が拡がって丁字路となり、左側に北へ向かう上り坂が現れます。道は途中で逆「く」の字に折れた後、坂上の連雀通りと接続します。坂口に立つ道路標識には斜度が13%と示されています。

ここには坂名を示す標識はありませんが、『続 小金井風土記』の「小金井の坂①」の項では「いなり坂」の呼び名で次のように記述しています。

野川子供スポーツ広場へ通ずる坂で、両側面をコンクリートで固めた切り通し。幅は六㍍くらいあり舗装。昔は急坂だったが掘り下げられたため、現在は車も通行出来、かつての面影はない。坂の中腹に稲荷社があったのがこの名の由来で前項の坂より二百㍍くらい西にある。

これによれば、坂名の由来と併せて、この坂が人工的に開かれた勾配の急な切り通しであったこと、またそれが後年掘り下げられて傾斜が緩くなったことが知られます。また「両側面をコンクリートで固めた」とあるのに対して、現在の坂の西側は見通しがよくなっているところから、画像に見える公園を造成する際に大幅な改修が加えられて、切り通しの面影がほぼ消滅してしまったことがうかがわれます。

ちなみに「東京の坂」サイト所載「小金井市/稲荷坂」のページによれば「小金井市の歴史散歩」(小金井教育委員会)ではこの社の名を「花崎稲荷」としているとのことです。また、「坂道散歩」サイト所載「小金井市の坂-2-」のページには2006年頃に撮影された旧態を留める坂の画像が掲載されているのでこれを転載させて頂き、同じ場所で撮影した画像と併せて掲げおきます。

【改修前】
稲荷坂旧態

【現状】
稲荷坂現状


坂をほぼ登り終えた地点の東側には最後の画像に見るような案内板が立っています。無慮数万年前にさかのぼる先土器時代からここに人が住んでいたことを示すもので、この付近の武蔵野段丘が生活に適した環境を備えていたことを物語っています。ここに記されている「栗山」という地名にもそのことを思わせる趣が感じられます。

DSCF9814a.jpg

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10/28のツイートまとめ
twryossy

【今日の季語1401】白露(しらつゆ):「露」の傍題の一つ。大気中の水分が気温の低下のために結露して形を成したもの。秋にもっとも多く生じるところから三秋の季語とされる。◆白露や死んでゆく日も帯締めて(三橋鷹女) #jhaiku #kigo
10-29 05:00

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